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東京高等裁判所 昭和47年(う)1947号 判決 1973年5月30日

被告人 片岡千枝子

主文

原判決を破棄する。

被告人を禁錮六月に処する。

ただし、この裁判の確定した日から五年間右刑の執行を猶予する。

原審における訴訟費用は、全部被告人の負担とする。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人小林正基、同猪狩庸祐連名の控訴趣意書記載のとおりであるから、これを引用する。

これに対し、当裁判所は、つぎのとおり判断する。

一  論旨第一について

所論の要旨は、原判決がその罪となるべき事実および補足証拠説明を通じて、被告人が原判示交差点を右折進行しようとした際、対向直進車の有無を充分確認しないまま、ただ漫然と右折進行した過失により、増山芳雄運転の自動二輪車が対向直進して来るのに気が付かず、自車前部を増山運転車両前部に衝突させた旨、および被告人が右折開始前の一時停止中に前方確認に費消した正味の時間は、ほんの一瞬にしか過ぎなかつたことが明らかであつて、このような前方確認の方法では、充分であつたとはいえない旨認定判示している。しかしながら、右の認定には、明らかに誤認があり、この誤認は、判決に影響を及ぼすことが明らかである。即ち、被告人は、原判示交差点の中心から約五メートル手前の地点で一時停止し、後方と右折進行しようとする方向との安全を確認し、かつ、この停止地点において対向直進車の進行に注意したところ、前方約一〇〇メートルの地点に時速約五〇キロメートルで進んで来る大型トラツクを認めただけで、他の車両は、全く見当たらなかつた。もちろん、増山芳雄運転の前示車両が対向直進して来る事実はなかつた。そこで、被告人としては、前示大型トラツクよりも先に交差点を右折しうるものと考え、時速約五ないし一〇キロメートルで右折進行を開始し、自車の車体の大部分がほとんど中央線より右側の部分に入り、右折方向道路の交差点入口から約一・二メートルの地点に達した瞬間、暴走して来た増山運転車両が被告人運転車両に衝突したものであり、原判決の弁護人の主張に対する補足証拠説明第二の一として判示するところは、証拠の趣旨を誤解した結果、証拠に基づかない認定をしている。また、原判決は、その弁護人の主張に対する補足証拠説明第二の三において、被告人運転車両が一時停止後、右折のため再発進直前の時期に増山芳雄運転車両は、三三メートルないし三〇メートルの距離にあつた旨推論していることも根拠のないものである旨主張する。

よつて、原審記録をつぶさに検討し、かつ、当審における事実の取調の結果を合わせて考察すると、原判決が認定したように、被告人が自動車運転の業務に従事する者で、原判示日時ころ、原判示自動車を運転して原判示道路を原判示方向に進行し、原判示交差点を右折するにあたり、右折の合図をして道路中央に寄つて一時停止をしたものの、業務上の注意義務に違背して、前方確認を怠つたまま右折を開始し進行したため、自車前部を対向進して来た原判示自動二輪車の前部に衝突させ、原判示のとおり人の死傷を生ぜしめたことは、原判決挙示の証拠により優に認め得られ、右認定に反する司法警察員の実況見分調書中の被告人の指示説明、被告人の司法警察員に対する供述調書、検察官に対する供述調書(二通)および被告人の原審公判廷における各供述は、いずれも容易に信用し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠は存在しない。(原判決書二枚目表一行目「東方」とあるのは、「西方」の、一行目から二行目にかけて「綱島自動車学校」とあるのは、「菊名自動車学校」の、二行目「西方」とあるのは「東方」の、三枚目裏五行目「佐々木光徳」とあるのは、「伊藤光徳」の、それぞれ誤記と認める。)なるほど、原判示増山芳雄が、神奈川県公安委員会が最高速度毎時五〇キロメートルと定めているこの道路をおよそ時速六〇ないし六五キロメートルで菊名駅方面から原判示交差点に向かつて自動二輪車を運転して進んで来たことは、原判決の判断するとおり証拠上認められるところであるが、当時の天候は、晴天であり、かつ、原判示交差点付近から菊名駅方面への路上の見とおしは、良好であつたのであるから、被告人が原判示交差点を右折進行するため一時停止した際、菊名駅方面からの対向直進車両の有無につき安全確認を充分に行なつたうえで、右折進行を開始していれば、増山芳雄運転車両が本件交差点に向かつて前示速度で直進して接近して来るのを早期に発見することは充分可能であつたといわなければならない。被告人は、捜査段階の初期において、原判示交差点を右折進行するため、同交差点手前、司法巡査作成の実況見分調書添付第二図の交通事故現場見取図表示の地点で一時停止し、後ろを見て前を見て、さらに後ろを見てから発進したところ、同図表示×の地点でオートバイと接触した旨、または、自分が右折進行のため一時停止した地点は、大体前示の地点の付近と思う、接触地点となつている前示×の地点は、警察官からどろが落ちているのを示され、この付近ではないかといわれたので同意したが、よくわからない、一時停止して前方を見たとき、相当遠くに大型トラツクが一台対向進して来るのが見えたが、その距離は数字で何メートルということはいえない、しかし、大へん遠い距離なので、その接近までに充分安全に右折することができると判断した、その大型トラツクの手前や側方には、他に対向進して来る車両はなかつた旨指示説明し、または供述していたのを、捜査段階の末期になつて、一度は、前示の一時停止地点を維持し、この地点から菊名駅方面に二四九メートルの距離にある地点に大型貨物自動車が一台進行して来るのが見えたが、それ以外に接近する車両は全くなかつたので安全と考え、右折を開始したところ、前示×点付近で二輪車と衝突した旨指示説明しながら、数日ないし旬日余の後に、右折のため一時停止した地点は、前示の地点より約一車身交差点寄りであり、衝突した地点も、前示×の地点よりもう少し横断歩道寄り(南方寄り)のように思う、この一時停止した地点で前方を確認したところ、約一〇〇メートルより向こうぐらいの所に大型トラツクが一台対向進しで来るのが見え、自分がバツクミラーで後ろを見、もう一度前方を見たとき、そのトラツクは、一〇〇メートルぐらいの所まで来ていたが、その前には何も車はなかつたので、そのトラツクより先に充分右折できると思い、右折を開始したが、その後は、菊名方面は注視しないで、右折する道路に視線を向けていた、なお、一時停止した地点で停止していた時間は、せいぜい二、三秒ぐらいで、約一〇〇メートル余前方に見えたトラツクの時速は、せいぜい五〇キロメートルぐらいだつたと思う旨、供述の重要な部分である一時停止した地点、その地点で前方を見た際の状況について二回にわたつて変更し、原審公判審理においては、ほぼ右の供述を維持していることが明らかである。これらの供述や指示説明のうち、一時停止地点の前方二四九メートルの距離にある地点に大型貨物自動車が対向進して来るのを認めた以外には、接近して来る車両は全くなかつた旨の部分の信用の得ないことは、いうまでもない。また、被告人の一時停止地点が前示の地点よりも約一車身交差点寄りである旨の部分は、司法巡査作成の実況見分調書、司法巡査和田弥生作成の写真撮影報告書、司法警察員作成の実況見分調書および司法巡査作成の交通事故捜査報告書その他原判決挙示の証拠によつて認められる、本件事故の発生した道路である神奈川県道三号線(いわゆる綱島街道)は、幅員約一二メートル両側約一・五メートルずつの非舗装の部分を除いた中間の約九メートルの部分がアスフアルト舗装され、この舗装部分の中央に中央線を標示してあつたもので、前示司法巡査作成の実況見分調書添付見取図表示×の地点に当る舗装路面付近から西方にかけどろやガラスの破片が落下し散乱していたこと、被告人運転車両の車長は、三・五八五メートルであることからみて、前示の地点をこの長さの程度交差点寄りに前進させて、そこから右折発進したものとすると、前示のどろやガラスの破片の落下し散乱していた地点との関係で不合理、不自然であつて、容易に信用できないし、被告人が右折進行のため一時停止し、前方の安全を確認したところ、約一〇〇メートル前方に時速約五〇キロメートルで前進して来る大型貨物自動車を認めたほか、その側方や手前には車両を認めなかつた旨の部分は前示の一時停止地点で大型貨物自動車を認めたのは、同停止地点の前方二四九メートルの距離にある地点であり、その大型貨物自動車以外に他に接近する車両は全く見当たらなかつた旨の前示指示説明が明らかに不合理不自然であり、さりとて、捜査段階初期の前示供述や指示説明に立ち帰ることは明らかに不利であることから出たものと思われ、捜査段階初期の前示供述や指示説明と比照し、たやすく信用し難い。所論指摘の弁護人の主張に対する補足証拠説明第二の一、三においてした判断が証拠に基づかないものを含んでいるか、確実な根拠を欠くものであるかどうかの判断にかかわりなく、この点の論旨は、理由がない。

二  論旨第二について。

所論は、原判決が、弁護人の主張に対する補足証拠説明第一において、被告人運転車両は、当時の道路交通法三七条二項にいう「既に右折している車両」に当たらない旨認定判示している点をとらえ、事実の誤認と法令の解釈適用の誤りとがある旨主張する。即ち、被告人は、論旨第一で主張したように一時停止し、右方や前方の安全を確認した後、前示大型トラツクよりも先に交差点を安全に右折できるものと考え、右折進行を開始し、すでに車体の大部分が中央線を越え、道路右側部分の路端から約一・二メートル(道路中央線から約三・三メートル)の地点にまで進んだとき、増山運転車両と衝突しているのであり、増山運転車両の被告人運転車両に対する衝突の角度は、約一一〇度と認められることからすれば、被告人運転車両は、前同条項にいう「既に右折している車両」に当たり、増山運転車両との関係において、優先通行権があり、増山運転車両は、被告人運転車両に対し、道を譲るべき義務があつたといわなければならない。被告人としては、前示のように、一時停止し、前方の安全を確認したうえで右折を開始し、既に右折している態勢にあつたのであるから、増山芳雄が前方を注視しないで、大型トラツクの後方から法令に違反する運転方法によつて交差点へ向かつて暴走して来るものと予見することは不可能であつたというべきであり、いわゆる信頼の原則から判断しても、被告人には業務上の注意義務違反はない。これらの意味において、被告人の過失責任を認めることはできないという。

よつて、原審記録をつぶさに検討し、かつ、当審における事実の取調の結果を合わせて考察すると、論旨第一に対する判断で説示したように、本件事故当時の天候は、晴天であり、かつ、原判示交差点付近から菊名駅方面への路上の見とおしは、良好であつたのであるから、被告人が原判示交差点を右折するため一時停止した際、菊名駅方面からの対向直進車の有無につき、安全確認を充分に行なつたうえで、右折進行を開始していれば、本件交差点に向かつて時速約六〇ないし六五キロメートルで直進して接近して来る増山運転車両を早期に発見することは、充分可能であつたのにかかわらず、被告人は、この安全確認を充分に行なわないまま右折進行を開始したものであるから、この点において被告人に過失があることは明らかであつて、右折開始の際の前方確認や前方の状況について被告人の供述するところは信用することができない。なるほど、被告人運転車両と増山芳雄運転車両の衝突地点は、被告人運転車両の車体の大部分が道路右側部分に入つた位置であることが証拠上明らかであるが、これと、下記の諸事実

1  (被告人運転車両の主要な破損状況)(証拠略)を総合すれば、被告人運転車両は、増山芳雄運転の車両と衝突した結果、自車の前部フロントグリルがかなりへこみ、モールデイングが三つに折れ曲がり、左右、特に左側フエンダーがかなり右へひねられ、左フエンダーの前照燈下部がへこみ、方向指示燈のレンズがなくなり、前部バンバーは、中央部より左へ約一四センチメートル付近で後方と下方に折れ曲がり、左部分が全体的に押され、バンバー左端は、右端に比しかなり後方へさがつており、エンジンフードは、山型に折れ曲がり、前端部は、凸凹がひどく塗料が剥落している部分があり、冷却フアンは、割れ、前部バンバー中央部に取り付けてあつた番号標示板は脱落し、中央部よりやや上方で水平に折れ曲がり、右上隅に黒ずんだ擦過こんがあり、フロントグリルの下の車体前面板には、地上約三六センチメートル、グリル右端から約二五センチメートルの位置を中心にして上下に約一三センチメートル、左右に約二七・五センチメートルのへこみがあり、左前フエンダー前部は、右へまくれこみ、かなり持ち上げられ、左前車輪のホイールキヤツプは、なくなり、左側前タイヤには擦過こんがあり、左前フエンダー後ろ上部は、ずれを生じ、左ドアは、後ろへ押されてくいちがいができ、開かなくなり、車室内のステアリングコラムは、左へ約二センチメートル移動し、ステアリングコラムと計器板との取付部が折れて一部脱落したことが明らかである。

2  (衝突の際被告人の受けた衝撃の状況)(証拠略)によれば、被告人は、増山芳雄運転車両と衝突した際、その衝撃により、運転席前やや左方の上方に取り付けてあるルームミラーに頭部を打ち付け、打撲傷を受けたことが認められる。

3  (増山芳雄運転車両の破損状況)(証拠略)を総合すれば、増山芳雄運転車両は、被告人運転車両と衝突した結果、前面どろよけの前部右辺が下方とへの字とに曲がり、前輪タイヤに激しい衝突こんがあり、パンクしており、前照燈ガラスと右方向指示燈が破損し、前輪取付部の右側が内側へ曲がり、どろよけにくいこみ、前輪が後退しエンジン部と密着し、エンジン右側前端部に衝突こんがあり、前輪が曲がり、右側ステツプが上方かつ後方へ曲がつたことが明らかである。

4  (増山運転車両が進んで来た状況と、被告人運転車両と衝突した結果、乗員と車両とがはね飛ばされ死傷した状況等)増山運転車両の当時の時速がおよそ六〇ないし六五キロメートルであり、菊名駅方面から本件交差点に向かつて進んで来たものであることは、既に判示したとおりであり、(証拠略)を総合すれば、増山芳雄は、原判示渡辺哲夫を後部に同乗させ、原判示交差点を直進通過するつもりで前示のように進行中、同交差点を右折しようとして進行中の被告人運転車両の前部左側と増山運転車両の前部右側とが司法巡査作成の実況見分調書添付交通事故現場見取図表示×の地点のやや南側、原判示交差点入右付近で激突し、増山と渡辺の両名は、北西方一〇メートル余の距離にある電柱の付近まではね飛ばされ、右両名が原判示のとおりの傷害を受け、渡辺は死亡し、同人らの乗つていた自動二輪車は、西方六メートル余の距離にある地点に車首を菊名駅方向に向け、右側を下にして倒れ、また、被告人運転車両は、前1判示のとおりの損傷を生じたため、操縦不可能の状態となつて、惰力によりなお進行を続けたか、間もなく停止したことがそれぞれ認められる。もつとも、司法巡査作成の実況見分調書によれば、増山運転車両の倒れていた方向は、ほぼ西向きとなつているが、この点は、前示証人林信次の供述と比照し正確性に疑問があり、信用できない。また、被告人運転車両の事故発生後の停車位置と方向とについては、被告人の検察官に対する昭和四二年一二月一四日付供述調書によれば、同車両は、事故後停止してから、被告人が医師のもとに赴いている間に、車体の後部が本件道路にかかつていたため、空地内にやや移動された疑いがないではなく、はたして右見取図表示の点に同図表示のような方向で停止していたか疑問がないではないが、その差異は、少ないものと解される。

5  (被告人運転車両と増山運転車両との衝突角度および衝突時における被告人運転車両の右折の方角)被告人運転車両と増山運転車両との衝突の角度については、原審鑑定人樋口健治作成の鑑定書とその他の関係証拠とを照らし合わせて考察すれば、自動二輪車がやや左にハンドルを切つて進んだ形において、両車両の中心線の交わることによつてなす角度は、約一二〇度であり、したがつて、被告人運転車両のそのときの右折の方角は、ななめ右に向いた程度であつたことが認められるのであつて、この衝突角度について所論の援用する石川健三郎作成の鑑定書の記載は、右樋口健治作成の鑑定書に照らし、採用することができない。

を総合して判断すれば、被告人運転車両は、衝突時においてさえも、未だ、本件交差点中、右折道路(菊名自動車学校方面行道路)の中央線の延長線に到達していないものであるのみならず、車体の方角もななめ右に向いた程度であることが明らかであるが、本来、本件行為当時の道路交通法三七条二項にいう「既に右折している車両」の判定は、このような、交差点の右折車と直進車との双方が運転進行を続けたすえ衝突した時点を基準とすべきものではなく、この対向直進車が交差点の手前に安全に停止し得るような距離にある地点に進んで来た時点を基準とすべきものであるから、被告人運転車両は、かかる時点において、右折を完了しまたはこれに近い状態にあつたとは、到底解せられないので右にいう「すでに右折している車両」には当らないものといわなければならない。なお、本件においては、業務上過失致死傷罪における注意義務が問題とされているのであつて、同罪における注意義務は、道路交通法所定の義務との間に重要な関連があるとはいえ、本来これとは別個のものであることはいうまでもない。前示のとおり、被告人は、自動車の運転中、本件交差点における右折進行を開始するにあたり、前方の安全を確認したうえで行動すべき業務上当然の注意義務を怠つたため、発見可能の直進近接中の対向車に気付かず、両車の衝突による本件死傷事故を生ぜしめたものであるから、対向車の運転者にも、本件交差点に進入するにあたり、前方注視を怠つて前示のような制限時速を約一〇ないし一五キロメートル超過する程度の高速運転を続けた落ち度があつたとしても、これをもつて、所論のように、信頼の原則により被告人の前示注意義務を免れさせるものとはいえない。

以上に判断したように、あらゆる関係証拠を照らし合わせ検討しても、原判決には、所論のような事実の誤認はなく、したがつて、所論のような法令適用の誤りも存しない。論旨は、理由がない。

三  職権による判断

職権により原判決の法令の適用の適否につき検討すると、原判決は、被告人の原判示業務上過失致死傷の所為につき、刑法二一一条前段、罰金等臨時措置法三条、刑法五四条一項前段、一〇条を適用しているが、刑法二一一条前段所定の業務上過失致死傷罪の法定刑は、昭和四三年五月二一日法律第六一号により改正せられ、同年六月一〇日から施行されたのであるから、被告人の原判示所為に対しては、軽い改正前の同法条を適用すべきであつたのにかかわらず、単に「刑法二一一条前段」とだけ判示したのでは、裁判時である改正後の同法条を適用したものと認めざるを得ないので、原判決は、この点において、法令の適用を誤つた違法があり、この誤りは、判決に影響を及ぼすことが明らかであるといわざるを得ない。

よつて、刑事訴訟法三九二条二項、三九七条、三八〇条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書によりつぎのとおり判決する。

原判決の確定した事実に対し法令を適用すると、被告人の原判示各所為は、昭和四三年法律第六一号による改正前の刑法二一一条前段、昭和四七年法律第六一号による改正前の罰金等臨時措置法三条一項一号に該当し、右は、一個の行為で数個の罪名に触れる場合であるから、刑法五四条一項前段、一〇条により重い業務上過失致死の罪の刑に従い、所定刑中禁錮刑を選択し、所定刑期範囲内で被告人を禁錮六月に処し、本件業務上過失致死傷罪の結果は重大であるが、昭和四三年法律第六一号による刑法二一一条前段の規定の改正前の行為であること、被害車両の運転者である増山芳雄にも、前示のように、交通整理の行なわれていない本件交差点に進入するにあたり、前方注視を怠つたまま高速運転を続けた点に落ち度があつたこと、被告人は、さきに、前示横浜地方裁判所の民事事件の第一審判決において、原告たる被害者渡辺哲夫の相続人渡辺竹五郎に対し、共同被告たる自己の雇主株式会社片岡化学研究所とともに、各自金一、八六三、三〇九円と遅延損害金の支払を命ぜられ、右金額の半額と遅延損害金との合計額一、二五七、七三三円を弁済のため供託しており、また、右渡辺竹五郎は、別に、自動車損害賠償責任保険により、金二、一二五、二六八円を既に受領していること、被告人は、これまで刑事処分を受けたことがないのはもとより、他に非難すべき行状もなく、まじめな主婦であること等の諸事情を考慮し、刑法二五条一項一号により、この裁判の確定した日から五年間右禁錮刑の執行を猶予することとし、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により、全部被告人の負担とし、主文のとおり判決する。

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